セレクトショップからスポーツアパレルまで、48ブランドを展開するTSIホールディングス。同社は「NANO universe(ナノ・ユニバース)」「NATURAL BEAUTY BASIC(ナチュラルビューティーベーシック)」「MARGARET HOWELL(マーガレット・ハウエル)」など、国内外で高い支持を集めるブランドを多数擁し、幅広い世代のファンを獲得しています。
コロナ禍を経てEC売上を伸ばした同社ですが、ブランドごとに独立して運営してきたECサイトや顧客基盤が、次第に成長の足かせとなっていました。 顧客情報の分断によりブランド間の連携が進まず、各サイトの運用コストも肥大化。さらに、コロナ収束後は、EC売上の伸び悩みという新たな課題にも直面していました。
TSIホールディングスはこうした状況を打開するため、11サイト・34ブランドをモール型ECサイトとして統合することを決断。ShopifyのPlusプランを基盤とした大規模リニューアルプロジェクトを推進しました。CRMも含めた大規模プロジェクトだったにもかかわらず、開始からわずか1年でシステム刷新とデータ統合を完了。業務効率の向上と、今後の成長を見据えた基盤構築を実現しています。
【ShopifyのPlusプラン導入による成果】
- 年間コスト:5億円削減(見込み)
- 「ナノ・ユニバース」単体のTCO(総保有コスト):約60%削減
- 大規模統合プロジェクト期間:11ヶ月(うち開発期間6ヵ月)
今回は、株式会社TSI EC事業統括部 副統括部 部長の岸 武洋氏と、IT推進部 リテールフロントシステム課 課長の渡邉 栄氏に、プロジェクトの背景、ShopifyのPlusプラン導入の狙い、導入によりもたらされた成果、今後の展望について伺いました。
左から株式会社TSI EC事業統括部 副統括部 部長の岸 武洋氏、IT推進部 リテールフロントシステム課 課長の渡邉 栄氏
分断されたブランド体験とEC売上鈍化、TSIが直面した課題
近年、アパレル業界全体が大きな環境変化に直面しています。
そのひとつが「実店舗回帰」の傾向です。コロナ禍で急速に拡大したEC需要は、徐々に落ち着きを見せ、実店舗での購買も活発になりつつあります。特に中価格帯ブランドではその傾向が顕著で、TSIホールディングスではEC化率が10ポイント以上、下がったブランドもありました。とはいえ、ECの重要性は依然として高く、利便性や顧客データの蓄積といった観点からも、今後の事業戦略において欠かすことはできません。
加えて、昨今の気候変動による影響も見逃せません。「夏が長く、冬が短い」傾向が続き、冬物の販売タイミングが遅れ、すぐにセール時期に突入してしまう。高単価で利益率の高い冬物はアパレル業界にとって重要な商材であり、その機会損失は利益構造全体に大きく影響します。こうした環境変化に対し、ECビジネスでも迅速かつ柔軟に対応できる体制の構築は、多くの企業で喫緊の経営課題となっています。
外的な要因に加えて、TSIホールディングスのEC事業自体にも構造的な課題が浮かび上がっていました。同社では、ブランドごとの世界観を重視し、ECサイトおよびCRMをそれぞれ独立して運営してきました。そのため、ログイン情報や会員データ、ポイントサービスもすべて別々の仕組みで構築しており、ユーザーはブランドごとに異なるIDとパスワードを入力する必要がありました。
さらに、ブランド単位での独立したサイト運営はコスト面でも大きな負担となっていました。当時は、11のブランドサイトを個別に管理しており、システムの拡張や改善のたびに膨大な開発コストと時間を要していました。こうした複数の課題が同時に顕在化してきたことで、同社はEC戦略の抜本的な見直しを迫られることになります。EC事業全体を統括する岸 武洋氏は、当時の状況を次のように振り返ります。
「当時のTSIホールディングスは、『守り』としてのコスト削減と、『攻め』としての顧客接点の最適化が同時に求められていました。まずは効率化によって運用コストを抑える必要がありました。一方で、我々はM&Aを通じて多様なブランドを取り込んできた企業です。それぞれのブランドに根強いファンがいることは強みですが、今の市場環境では、単一ブランドだけでの成長には限界があります。だからこそ、それぞれのブランドを『点』ではなく『面』として捉え、顧客と横断的に向き合う体制への転換が求められていたのです」(岸氏)
EC事業統括部 副統括部 部長の岸 武洋氏
モール型ECへの刷新、ブランドの垣根を越える
TSIホールディングスがEC事業の抜本的な再構築に向けて打ち出したのが、モール型ECサイト「mix.tokyo」の構想でした。従来はブランドごとに独立して運営していた11サイト・34ブランドを、ひとつのプラットフォームに統合し、顧客に一貫したブランド体験を提供する取り組みです。ブランドの独立性を重視してきた従来のスタイルを大きく転換する、挑戦的なプロジェクトでした。
「目指したのは、全国にある各ブランドの実店舗とも連携し、オンラインとオフラインをまたいだシームレスな顧客体験を実現することでした。バラバラに分かれていたTSIホールディングスのブランドを、ひとつにつなげていく。それが『mix.tokyo』構想の本質です」(岸氏)
ただし、構想を実現するためには、大きな制約も伴いました。本来であれば数年を要するような大規模な統合を、わずか1年で完了させる必要があったのです。背景には、EC領域で年間5億円のコスト削減を掲げた中期経営計画がありました。
こうした背景を踏まえて、TSIホールディングスは、コスト削減と開発スピードの両立を図る手段として、ShopifyのPlusプランを中核に据える決断を下します。
「このコスト削減を実現するには、1年でEC基盤の刷新とモール化を完了することが不可欠でした。短期間での対応が求められる中で、拡張性と柔軟性に優れたShopifyの導入が最適であると示すことで、経営側も理解してくれました」(岸氏)
こうした背景を踏まえて、TSIホールディングスは、コスト削減と開発スピードの両立を図る手段として、ShopifyのPlusプランを中核に据える決断を下します。
統合にあたっては、ユーザーが慣れ親しんだフロントデザインはできる限り維持しつつ、システムの裏側を大幅に刷新。とりわけ大きな転換点となったのが、これまで分断されていた会員サービスの統合でした。
「リニューアル前は、同じ基盤を使っていても、ポイントの付与率や取得できる顧客情報がブランドごとに異なっていました。それらをすべて統一し、『mix.tokyo』上で横断的に利用できるよう再構築しました」(渡邉氏)
IT推進部 リテールフロントシステム課 課長 渡邉 栄氏
こうして誕生した「mix.tokyo」では、ユーザーが一度のログインで複数ブランドを横断してショッピングできるようになり、ポイントやキャンペーンも共通で利用可能に。これまで分断されていた顧客体験を「ひとつのTSI」として統合する、新たなECサイトが生まれました。
「ベンダーロックイン」に別れを告げたアプリ中心の開発体制
リニューアルで生まれた「mix.tokyo」
TSIホールディングスが「mix.tokyo」の立ち上げを、構想からわずか1年、開発期間6カ月という短期間で実現できた最大の理由は、Shopifyのアプリの活用を前提とした設計にありました。
「従来のレガシーシステムでは、要件定義から開発までに時間がかかり、機能の拡張には大きな労力が必要でした。しかし、ShopifyではAPIやアプリが豊富に公開されており、『アプリを選ぶ』というところから開発を始められる。これが短期間での構築を可能にした一因です」(渡邉氏)
Shopifyでは、アプリの導入や設定変更が比較的容易に行えるため、従来のように「すべてをスクラッチで作り込む」必要がなくなります。この作り込みすぎない設計思想は、TSIが長年抱えていた、もうひとつの課題「ベンダーロックイン」の解消にも直結していました。
「以前は、一度システムを構築すると、保守や改修まで同じベンダーに依存せざるを得ず、スピードも柔軟性も制限されていました。Shopifyはエコシステムがすでに整備されており、豊富なアプリ群とShopifyに詳しい外部パートナーが多数存在します。開発の在り方そのものが根本から変わったと感じています」(岸氏)
実際、Shopify導入後は施策の自由度が飛躍的に向上しました。
何かを変更するたびに都度ベンダーに依頼していた従来のプロセスと異なり、現在では社内でアプリの設定を変更するだけで対応できるようになりました。スピードも柔軟性も、まったく次元が違います。たとえば、個人情報保護設定や販売個数制限といった、以前なら開発が必要だったような機能も、アプリで簡単に実装できるようになっています
攻めのEC体制へ、TCO60%削減とブランド間シナジーの創出
2025年2月にリニューアルオープンした「mix.tokyo」は、すでに目に見える成果を生み出し始めています。
まず注目すべきは、TCO(Total Cost of Ownership:総保有コスト)の大幅な削減です。先行してShopifyの Plusプランを導入していた「ナノ・ユニバース」では、従来比で約60%のTCOを削減。さらに「mix.tokyo」全体でも、中期経営計画に掲げられていた「年間5億円のコスト削減」の達成が視野に入りつつあります。加えて、現在進行中のツールの統廃合やリソースの再配置が完了すれば、追加で年間3億円規模までの削減が見込まれる可能性もあります。
顧客の購買行動の面でも、着実な変化が現れています。CRMの統合によりブランド間の買い回りが促進され、ローンチからわずか1カ月で複数ブランドを横断して購入するユーザーが現れました。また店舗では、TSIブランド群としての認知を高めるため、共通ポスターの掲示もスタート。オンラインとオフラインの連携による相乗効果も本格化しています。
国内市場では、ECと店舗のデータ一元化を可能にする「Shopify POS」の導入も視野に入れ、実店舗・EC・オウンドメディア・SNSなど複数チャネルを横断的に連携させた体験価値の共通化を推進しています。 これにより、顧客接点の強化とファンの囲い込みを図っていく方針です。
「これまでシステム開発に割かれていたリソースを、新たな施策の立案や顧客体験の向上に充てられるようになりました。『攻め』に転じる体制が着実に形になってきています」(渡邉氏)
【ShopifyのPlusプラン導入による成果】
- 年間コスト:5億円削減(見込み)
- 「ナノ・ユニバース」単体のTCO(総保有コスト):約60%削減
- 大規模統合プロジェクト期間:11ヶ月(うち開発期間6ヵ月)
TSIホールディングスでは、今回の「mix.tokyo」への統合を土台と位置づけ、さらにその先を見据えた成長戦略を描いています。今後は、海外市場への展開も加速する見込みです。
2019年のパンデミックのように、予測不能な事態は今後も起こり得ます。そうした急速な市場変化に対し、いかに柔軟に対応できるかが企業の競争力を左右します。そのためにも国内外の展開において、事業会社側が自ら判断し、スピード感を持って実行できる体制づくりが今後の鍵になると考えています
国内市場が縮小傾向にある中、より広いグローバル市場で柔軟に展開できる基盤として、Shopifyは大きな武器になります。TSIホールディングスは「ECの成長を、事業全体の成長と直結させていく」という戦略のもと、変化に強いEC体制のさらなる進化を目指しています。