EC事業を運営していると、販売した商品のトラブルや配送中の破損、情報漏えい、自然災害など、思いがけない問題に直面することがあります。こうしたトラブルはどれだけ注意していても完全には防げず、ひとたび発生すると多額の損害が生じることも少なくありません。このような経済的リスクの軽減に役立つのが、事業保険です。
事業保険は、ビジネス運営に関わるさまざまな損害を補償してくれるため、企業の負担を最小限に抑えることができます。特に個人事業主や小規模のチームでストアを運営している場合、損害の補填やトラブル対応をすべて自己負担で行うのは大きな打撃となります。事業保険に加入しておくことは、事業を安定的に続けるための重要な備えとなるでしょう。
この記事では、EC事業者が加入を検討すべき主な保険の種類や、それぞれの補償内容、実際に起こりうる事例をわかりやすく解説します。おすすめの保険会社も紹介しているので、ぜひ参考にしてください。
事業保険とは

事業保険とは、企業や個人事業主が事業を運営する中で発生するリスクに備えるための保険です。ネットショップの運営者やスモールビジネスのビジネスオーナーなど、規模を問わず事業を守る備えとして活用されています。利用者の多くは法人なので法人保険と呼ばれることもあります。
ネットショップの運営では、次のようなさまざまなリスクが存在します。
- 損害賠償リスク:販売した商品や提供したサービスが原因で、顧客にケガや損害を与えてしまうリスク
- 物的損害リスク:オフィスや倉庫、商品、撮影機材などが火災・水害・盗難などで損傷するリスク
- 利益損失リスク:災害や事故で事業が一時的に止まり、売り上げや利益が減少してしまうリスク
- 人に関するリスク:従業員の労災リスクや、事業主自身が病気・ケガなどで働けなくなるリスク
- 経営リスク:取引先の倒産や支払い遅延などによって、売掛金が回収できず資金繰りが悪化するリスク
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情報漏えいのリスク:顧客の個人情報やクレジットカード情報などが、サイバー攻撃やセキュリティ不備により外部に漏えいしてしまうリスク
これらのリスクに対し事業保険を組み合わせて包括的に備えることが重要です。事業保険に加入しておくことで、損害の補償を受けられるだけでなく、取引先や顧客からの信頼を高めることができます。
EC事業者が加入すべき保険の種類

1. PL保険
PL保険(生産物賠償責任保険)は、販売した商品や提供した製品が原因で、顧客や利用者の身体や持ち物に損害を与えた場合に補償を受けられる、損害賠償保険の一種です。特に、設計・製造・販売した商品に起因する事故やトラブルを対象としており、食品、化粧品、雑貨、電気製品などを扱うEC事業者にとっては重要な保険です。
PL保険では、人や物に実際に物理的な被害が生じた場合の損害をカバーできます。たとえば、次のようなケースが対象となることがあります。
- 販売した食品で食中毒やアレルギー反応が発生した
- 販売したジャケットの部品が外れて、目に当たってケガをした
- 販売した家電が破損して、顧客の家具や家電を傷つけた
身体や財物に対する損害を伴わない経済的損失はPL保険では補償の対象外です。そのようなケースには、別途、業務過誤賠償責任保険(E&O保険)が必要になります。
2. 業務過誤賠償責任保険
業務過誤賠償責任保険(E&O保険)は、業務の遂行中の過失や怠慢が原因で、顧客や顧客の取引先に経済的損害を与えてしまった場合に補償を受けられる保険です。
PL保険が「製品や物による身体損害や財物損壊」をカバーするのに対し、E&O保険は「業務ミスによる純粋な経済損害」をカバーします。特に製造業などリスクが多岐にわたる分野では、両方の保険に加入してリスク別に備えるのもひとつの手です。
また、デジタルコンテンツやスキル販売といった無形商品を販売している事業者にとっても、加入しておくことで、契約ミスや納品トラブルによる経済的損害に備えることができるため、検討する価値があります。
対象になるのは次のようなケースです。
- マーケティング調査のために預かったデータ書類を紛失した
- デザイン納品データに誤りがあり、クライアントが印刷し直しを余儀なくされた
- 顧客に納品した動画で使用した音声が商標権の侵害で損害賠償請求された
3. サイバーリスク保険
サイバーリスク保険(情報漏えい保険)は、不正アクセスやウイルス感染、顧客情報の漏えいなど、オンライン特有のリスクに備える保険です。サイバー攻撃やシステム障害などによって、ECサイトを運営する事業者が損害を受けた場合や、顧客が被害に遭った場合に補償を受けられます。
補償内容には、情報漏えい後の通知・調査・復旧費用のほか、損害賠償金・争訟費用・広報対応費用などが含まれます。特にクレジットカード情報や顧客データを扱うECサイトでは、セキュリティ対策をしていてもリスクを完全にゼロにすることは難しく、万が一事故が起きると多額の費用が発生することもありえます。不測の事態に備えて加入しておくと安心です。
サイバーリスク保険の対象になるのは、次のようなケースです。
- 不正アクセスにより顧客情報が流出した
- 顧客情報を誤送信してしまった
- サイバー攻撃でシステムが停止し、売り上げが一時的に減少した
万一の被害に備えてサイバーリスク保険に加入しておくことで、経済的な損失を最小限に抑え、信頼を維持することができます。
4. 火災・盗難・自然災害保険
火災・盗難・自然災害保険は、オフィスや倉庫、自宅兼作業場などが火災・水害・盗難などの被害を受けた際に損害を補償する保険です。建物だけでなく、在庫や撮影機材、パソコンなどの設備も対象にできるため、実店舗を持たないEC事業者にも関係があります。
補償の範囲は保険会社や契約内容によって異なりますが、多くの場合、火災・台風・落雷・水漏れ・盗難などによる物的損害や修復費用が含まれます。特に在庫を自社で保管していたり発送拠点を構えていたりする事業者や、機材を揃えて自分たちで撮影などをしている事業者は検討する価値があります。
たとえば、次のようなケースが対象になることがあります。
- 台風による浸水で倉庫内の在庫が損傷した
- 落雷の影響で撮影機材やパソコンが故障した
- 保管していた商品が盗まれた
火災・盗難・自然災害保険は、万一の災害や事故が発生しても、修復や再開までの負担を軽減し、事業を継続するための備えとなります。
地震保険について
注意しておきたいのは、日本では地震による損害は、通常の火災保険ではカバーされないという点です。日本では、地震・噴火・津波による損害を補償するには、火災保険とは別に地震保険への加入が必要になります。地震保険は単独では加入できず、火災保険とセットで契約する必要があります。日本は地震大国であるため、倉庫や事務所に多くの在庫・設備を保管している事業者は、地震保険への加入も併せて検討することをおすすめします。
5. 国内輸送保険
国内輸送保険は、国内で商品を配送している間に起きた破損や紛失、盗難などのトラブルを補償してくれる保険です。宅配便や自社便などで商品を発送する際、運送中の事故によって商品が壊れたり届かなかったりした場合に補償を受けられます。
配送中のトラブルは国内EC事業にとって最も身近なリスクのひとつです。特にハンドメイド作品や絵画、アート作品などの一点ものの商品を扱うショップにとって、破損や紛失のリスク対策は欠かせません。通常、配送業者にも一定の補償制度がありますが、補償上限が低かったり、特定の条件でしか適用されなかったりする場合があります。保険会社の運送保険を併用することで、顧客への信頼を保ちながら安全な販売体制を整えられます。
補償対象となるのは、輸送中の衝突・転倒・落下・火災・水濡れ・盗難などによる物的損害です。ただし、梱包不備や自然劣化、通常の摩耗などによる損傷は補償の対象外となる点には注意が必要です。
運送保険の対象になるのは次のようなケースです。
- 配送中にガラス製品が破損した
- 運送中の事故で絵画が損傷した
- 配送先での盗難により商品が紛失した
万一のトラブル発生時にスムーズな補償を受けられるよう、販売する商品の特性や輸送方法に合わせた保険設計を行うことが大切です。
6. 海外PL保険
海外PL保険(海外生産物賠償責任保険)は、販売した商品が海外で事故を起こしたり、ケガや損害を与えてしまったりした場合に備える保険です。国内のPL保険は日本国内での事故しか対象にならないことが多いため、越境ECを行う場合は、別途この保険への加入を検討しておくと安心です。
補償の対象になるのは、商品が原因で海外の顧客にケガや物的損害を与えた場合や、現地で訴訟・賠償請求を受けた場合などです。弁護士費用や損害賠償金、現地調査費用なども補償されるケースが多く、米国など訴訟頻度が高く賠償金額が高額になりやすい地域では特に重要です。
たとえば、次のようなケースが海外PL保険の対象になる可能性があります。
- 電化製品が海外で発火し、現地の顧客の家財に損害を与えた
- 容器のキャップの設計にミスがあり、幼児が誤飲した
- 販売したマグカップが割れて顧客がケガをした
海外展開を予定している場合は、包括的に備えておくことが大切です。
7. 外航貨物海上保険
外航貨物海上保険は、海上輸送・航空輸送・陸上輸送で海外に商品を送る途中で起きた破損や紛失、盗難などのトラブルを補償してくれる保険です。海外発送に対応しているストアにとっては、国内発送よりもトラブルの発生率が高いため、特に大切な保険です。
補償内容は、貨物約款であるICC(Institute Cargo Clauses)によって定められていることが一般的で、A・B・Cの3つのタイプに分類されています。それぞれ条件は異なりますが、いずれのタイプでも、基本的には梱包の不備や自然な劣化、遅延による損害などは対象外になります。
たとえば、次のようなケースは海外輸送保険の対象になる場合が多いです。
- 海難事故で製品が破損した
- 航空輸送中に荷物が紛失した
大手の保険会社では、越境ECを行う事業者向けの外航貨物海上保険が用意されていることが多いので、検討してみるのもいいでしょう。
8. 事業中断保険
事業中断保険(休業補償保険)は、火災や自然災害、事故などで事業が一時的に止まってしまったときの損失を補償する保険です。店舗や倉庫、オフィスが被害を受けて営業できなくなった場合でも、休業中の固定費や減少した利益をカバーできます。
火災保険などが建物や設備そのものの物的損害を補償するのに対し、事業中断保険は「その後の営業停止による損害」を対象としています。つまり、建物を直す費用ではなく、売り上げが止まったことによる損失を補う保険です。
対象になるのは、次のようなケースです。
- 火災で倉庫が使えなくなり、出荷業務が止まってしまった
- 台風の影響で仕入れが遅れ、販売を一時中断した
補償内容には、休業期間中の家賃・人件費・光熱費・営業利益の一部などが含まれることが多いです。
就業不能保険
個人事業主やフリーランスとしてECを運営している場合、病気やケガなどで働けなくなったときに備えて就業不能保険への加入も検討しましょう。一定期間の収入を補償してくれるため、生活や事業の継続に役立てることができます。
9. 労働者災害補償保険
労働者災害補償保険(労災保険)は、従業員が業務中や通勤中にケガや病気、死亡などの被害を受けたときに補償を行う公的保険です。事業主が厚生労働省に保険料を納めることで、従業員が安心して働ける環境を整えることを目的としています。
雇用形態に関係なく、労働者を一人でも使用する事業は、業種・規模を問わず原則として労災保険への加入が義務付けられています。EC事業でも、倉庫作業や梱包、発送、商品撮影などを手伝ってもらうスタッフがいる場合は必ず加入しなければなりません。
次のようなケースが補償の対象になります。
- 梱包作業中にケガをして通院が必要になった
- 通勤中に交通事故に遭った
- 職場環境が原因で腰痛や腱鞘炎を発症した
労災保険では、治療費の全額補償や休業中の所得補償などが受けられます。
なお、一人で事業に従事する個人事業主やフリーランスは、原則として労災保険の対象外ですが、業務委託を受けていれば、「特別加入制度」を利用し労災保険に入ることも可能です。
業務災害補償保険
公的な労災保険ではカバーしきれない部分を補うものとして、業務災害補償保険という民間の保険も存在します。
公的な労災保険では、治療費や一定の休業補償が受けられますが、実際には生活費の不足や事業の固定費など、自己負担になる部分があるほか、実際の保険金がおりるまでに時間がかかるといった問題もあります。
業務災害補償保険に加入しておくと、休業中の収入の上乗せや、後遺障害・死亡時の追加補償が受けられ、より安心して働ける環境を整えることができます。また、労災認定を待たずに支払われる補償があるのも魅力です。
労災保険だけでは不安を感じる場合や、従業員の安心感を高めたい場合は、追加しておくといいでしょう。
10. 取引信用保険
取引信用保険(売掛金保険)は、取引先の倒産や支払い遅延によって売掛金を回収できなくなってしまった場合に備える保険です。契約で定めた範囲内で発生した損失を補償してくれます。企業間取引が中心のBtoB ECや卸売ECサイトを運営する事業者にとっては、取引先の信用リスクをカバーできる重要な保険です。
補償対象となるのは、次のようなケースです。
- 納品した商品代金が、取引先の倒産により未回収となった
- 支払い期日を過ぎても入金がなく、回収不能となった
売掛金が回収不能になると連鎖倒産を招く恐れがあります。事業継続のための備えとして、検討しておくと安心です。
おすすめのEC事業保険会社5選
AIG損害保険
AIG損害保険株式会社は、米国に本社を置くアメリカン・インターナショナル・グループの日本法人です。総合事業者保険「スマートプロテクト」という、財務災害、雇用リスク、賠償責任、財産の4つの分野を総合的にカバーできる保険のほか、IT事業者向けとコンテンツ事業者向けの2種類の事業賠償責任保険など、幅広い保険商品が用意されています。WorldRisk®という海外進出向けの保険をまとめたパッケージもあり、海外展開を狙う事業にもおすすめです。
日新火災海上保険
日新火災海上保険株式会社は、日本で1908年に創業された歴史ある損害保険会社です。中小企業に向けた保険商品に定評があり、最近では「事業をおまもりする保険」というパッケージを売り出しています。これは、損害賠償事故への補償と、ファイナンシャルプランナー、税理士、弁護士などとの相談をセットにしたものです。EC事業者にとって、リスク対策だけでなく、運営上の課題に対して専門的なサポートを受けられる魅力的な保険といえるでしょう。
損保ジャパン
損保ジャパン株式会社は、日本を代表する大手損害保険会社のひとつで、全国の中小企業・個人事業主から広く利用されています。事業者向けの保険商品をまとめた「ビジネスマスター・プラス」というパッケージでは、PL保険や施設賠償、火災・自然災害などをまとめて補償でき、個人事業主でも加入できるのが特徴です。
東京海上日動
東京海上日動火災保険株式会社は、世界45の国と地域に拠点を持つ損害保険会社です。中小企業向けには「超ビジネス保険」というパッケージを提供しており、事業内容に合わせて補償内容を柔軟にカスタマイズできます。また、外航貨物海上保険や輸出取引信用保険など、グローバル展開を目指す企業にも適したプランが用意されています。
三井住友海上
三井住友海上火災保険株式会社は、国内外に幅広いネットワークを持つ損害保険会社で、企業規模や業種に応じた保険設計に強みがあります。火災・盗難・水濡れなどをまとめて補償できる「ビジネスキーパー」や「企業総合保険」を提供しており、店舗とネット販売を併用する事業者でも一括管理できる総合的な補償設計が可能です。24時間365日対応の事故受付窓口があるほか、リスクコンサルティング体制も充実しています。
まとめ
事業運営におけるトラブルは、企業規模に関係なく起こりえるものです。事業保険に加入しておくことで、損害を補償できるだけでなく、顧客や取引先からの信頼も高められます。
eコマースでは、実店舗とは異なるオンライン特有のリスクも多く存在します。たとえば、商品トラブルだけでなく、情報漏えいや配送中の事故、システム障害による損失なども考えられます。食品や雑貨を販売する場合はPL保険、越境ECを行う場合は海外PL保険など、自社のビジネスモデルやリスクに合わせて、最適な保険を選ぶことが大切です。
安心して事業を続けるためには、「何かあってから」ではなく「何かある前」に備えることが重要です。これからネットショップ開業を目指すビジネスオーナーも、今すでに事業を運営している方も、保険によるリスク対策を意識しておきましょう。
よくある質問
越境ECを始める場合に必要な保険は?
越境ECを行う場合は、国内PL保険だけでなく、海外でのトラブルにも対応できる「海外PL保険」や「外航貨物海上保険」への加入を検討しましょう。国や地域によっては製品責任(PL法)の基準が厳しく、訴訟リスクや賠償額が高額になるケースもあります。特に米国や欧州に商品を販売する場合は、備えておくことをおすすめします。
個人事業主でも事業保険に加入できる?
はい、加入できます。事業保険は法人だけでなく、個人事業主やフリーランスでも加入できる商品が多くあります。たとえば、ハンドメイド作品を取り扱う人は国内輸送保険、在庫や設備を保有している人は火災・盗難・自然災害保険などを検討してみましょう。
経営者保険と事業保険の違いとは?
経営者保険は、経営者自身の病気や死亡、退職などに備える保険で、経営者個人や家族の生活を守る目的で利用されます。一方、事業保険は、火災・事故・賠償・情報漏えいなどといった事業運営そのもののリスクをカバーします。どちらも事業を守るための保険であることに変わりはありませんが、対象が「人」か「事業活動」かという点が異なります。両方をバランスよく組み合わせるのが理想です。
Shopifyストアには事業保険が必要?
Shopifyストアのオーナーに事業保険に入る義務はありませんが、加入することをおすすめします。事業保険は、損害賠償、サイバー脅威、事業中断など多くのリスクを補償してくれます。
文:Taeko Adachi





