ブランド構築は一度で終わるものではなく、顧客とのあらゆる接点で「そのブランドらしさ」を崩さず積み重ねていくことが重要です。一貫した表現やコミュニケーションは信頼感を与えるため、誰が制作や発信に関わってもイメージに統一感を与えるブランドガイドラインは、ブランド戦略やマーケティング戦略の基盤といえます。
本記事では、ブランドガイドラインに必要な要素や作成の流れ、参考となる事例をご紹介します。
ブランドガイドラインとは?

ブランドガイドラインとは、自社のブランドを世の中にどう見せるかを定めた指針のことです。視覚的なデザインの原則や色・フォントの指定、ロゴの使い方、さらには文章表現のトーンやスタイルなどを定めるケースもあります。
ブランドガイドラインの役割は、単に要素を定義するだけではなく、それらを「どのように使うべきか」まで明示することにあります。同じ色やフォントを用いても、使用方法が統一されなければブランドイメージは一貫性を欠いてしまいます。ガイドラインを定めることで、誰が制作しても同じブランド体験を届けられるのです。
ブランドガイドラインとブランドアイデンティティの違い
ブランドアイデンティティとは、ブランドが社会にどのような印象を与え、どのように受け止められるかを意図的に設計したブランドの「個性」を指します。そこには、価値観、ミッション、ビジュアルなどが含まれます。ブランドガイドラインは、このブランドアイデンティティを正しく伝え、一貫して表現するためには、具体的にどうすれば良いかを定めた指針ということもできます。
また、こうしたブランドアイデンティティを規定するには、競合との差別化ポイントや顧客のニーズに基づいて市場での立ち位置を設定したブランドポジショニングが基盤になります。それぞれの関係を説明するなら、事業戦略からポジショニングが決まり、それをもとにアイデンティティが規定され、内外へ発信するためにガイドラインが設計されるという流れになります。
ブランドガイドラインの目的

ブランド体験を統一する
ブランドガイドラインがあることで、ウェブサイトを新しくデザインしたり既存サイトをリニューアルしたりする際にも、閲覧者へ一貫性のあるブランド体験を提供できます。
ロゴやカラー、フォント、レイアウトといった視覚的要素が場面ごとに変わってしまうと、ユーザーは混乱し、ブランドの印象が曖昧になります。ガイドラインは「どの場面で、どの要素を、どのように使うのか」を明確に定めることで、制作する人が変わっても常に同じイメージを維持できるようにします。
これは単に見た目を統一するだけにとどまらず、ユーザーがどの接点でも同じブランドらしさを感じられる体験を実現するものです。結果として、ブランドの信頼性や安心感が高まり、顧客との関係構築にも寄与します。
外部パートナーと円滑に協働する
企業が広告代理店やフリーランサーと協力する際、ブランドガイドラインは重要な役割を果たします。
外部の人は社内ほどブランドに精通していないため、ガイドラインがない状態で制作を依頼すると成果物のイメージが食い違ったり、何度も修正が必要になったりすることがあります。
しかし、ロゴやカラーパレット、フォントの指定、文章のトーンなどが明文化されていれば、外部パートナーは初期段階からブランドに即したアウトプットを提供できます。結果として、やり取りの回数や修正コストを減らすことができ、効率的かつスムーズにプロジェクトを進行できます。
組織の一貫性を保つ
新入社員を採用する際、ブランドガイドラインを共有することで、組織全体でブランドの一貫性を保つことができます。
入社したばかりの社員は、自社の文化や価値観を理解するまでに時間がかかります。しかし、ガイドラインがあればブランドが大切にしているビジュアルや言葉遣い、コミュニケーションの方向性を短期間で把握することができます。これにより、メールの文面や社外向けの資料、SNSでの発信など、あらゆる接点で一貫性のある対応が可能になります。
また、組織が拡大するほど社員ごとの認識の差が出やすくなりますが、ガイドラインを共通の基準として活用することで、そのズレを防ぐことができます。結果として、社内外のやり取り全体に統一感が生まれ、ブランドイメージの維持・強化につながります。
ブランド資産を正しく使ってもらう
ブランドガイドラインは、ロゴやブランドカラー、スローガンなどの資産が社内外で一貫して正しく使われるようにするための重要な仕組みです。
例えばメディア記事や協業先の資料、スポンサーイベントの広告など、外部でブランドが扱われる場面は多岐にわたります。使用ルールが定められていなければ、ロゴが伸縮されすぎて見づらくなったり、異なる色に置き換えられてブランドイメージが損なわれたりするリスクがあります。
ブランドガイドラインでは、ロゴの最小サイズや余白、禁止事項などを明確に示すことで、ブランド資産が正しく使われるよう管理できます。これにより、外部で露出する際も統一感を保ち、ブランドの信頼性や価値を守ることができます。
ブランドガイドラインに含めるべき要素

ロゴ
ロゴはブランドの顔ともいえる存在であり、視覚的アイデンティティを象徴する最も重要な要素の一つです。
ブランドガイドラインでは、ロゴのリサイズ方法やクリアスペース、使用できるカラーバリエーションなどを明確に定めます。具体的には、リサイズの方法やクリアスペース(ロゴの周りに設けておく空白)の大きさ、使用できるカラーバリエーションを明記します。
タイポグラフィ
ブランドガイドラインには、使用するフォントの種類と、それぞれの使い分けに関するルールが含まれます。
見出しや本文、キャプションなど用途ごとに指定を設けることで、すべての制作物に一貫性を持たせることができます。また、ブランドによっては独自にカスタムフォントを開発し、ブランドらしさを強調するケースもあります。
フォントはサイズや太さ、字間などの調整によって印象が大きく変わるため、ガイドラインでは組み合わせや使用例を明示することが重要です。統一されたタイポグラフィは、文章の可読性を高めるだけでなく、ブランドの個性を視覚的に伝える役割も果たします。
カラーパレット
一貫したカラーパレットは、顧客を瞬時にブランドの世界観へ引き込みます。ブランドガイドラインでは、使用する色ごとに名前やHEXコードを明示し、どのように使用するかをルール化します。
例えば、ブランドのメインカラーとアクセントカラーの役割分担、背景や文字に使うべき色、組み合わせて良い配色・避けるべき配色などを具体的に示すことが大切です。さらに、製品やサービスの特徴に応じて、複数のカラーバリエーションを設定することもあります。これにより、パッケージデザインや広告、デジタルメディアなどあらゆる場面で一貫性が保たれ、ブランドが持つ独自の雰囲気を視覚的に伝えることができます。
イメージ
写真やイラスト、アイコンといったビジュアルは、ブランドの視覚言語(目で見て直感的に理解できる情報)を形づくる重要な要素です。
ブランドガイドラインにより、使用する画像のテイストやスタイルを明確にすることで、どのメディアでも統一感を維持できます。例えば、写真であれば光の使い方や色味、人物の見せ方など、イラストであれば線の太さや配色、抽象度のレベルといった指針を示します。
まだオリジナルの写真やイラストが揃っていない段階でも、参考となるビジュアル例を提示しておくことで、イメージを共有しやすくなり、ブランドの方向性を明確に伝えることが可能です。
オーディエンス
ブランドのターゲットオーディエンスをどんな層に設定するかによって、制作するべきコンテンツの内容や表現方法は大きく左右されます。
誰に向けて発信しているのかが明確でなければ、メッセージは薄まり、ブランドの魅力を十分に伝えることができません。ブランドガイドラインでは、年齢層や職業、ライフスタイル、価値観など、想定するオーディエンス像を具体的に示すことが大切です。ターゲットを「すべての人」に広げるのではなく、ブランドを強く支持してくれるコアな層を意識することで、より深い共感や支持を得られる可能性が高まります。ブランドガイドラインは、そのための基盤となるツールです。
特にマーケティングでは、具体的な顧客像を描いたペルソナ設定と組み合わせることで、より効果的にメッセージを届けられます。
ボイス&トーン
「ボイス&トーン」とは、ブランドが発信する際の文体や言葉遣いのことです。製品パッケージの説明文からウェブサイト、SNS、ブログ記事に至るまで、あらゆるコピーライティングの基盤となります。
ここで押さえておきたいのは、「ボイス」と「トーン」の違いです。ボイス(声)はブランドの一貫した人格やキャラクターを表すもので、チャネルや状況にかかわらず常に維持されるべきものです。一方、トーンはその声をどのように使い分けるかを示します。
例えば、購入後の顧客への感謝メッセージとクレーム対応時のメッセージでは、同じ声を保ちながらもトーンを柔らかくしたり丁寧にしたりと調整が必要です。ブランドガイドラインで両者の基準を定めることで、どの場面でもブランドらしいコミュニケーションが可能になります。
文法とスタイルの規則
文法とスタイルの規則は、ブランドボイスを具体的に形にするための基準です。
例えば、ブランドボイスが権威的で信頼感を重視するものであれば、スラングやカジュアルな表現は避けた方が良いでしょう。逆に、若々しく親しみやすいブランドであれば、スラングや柔らかい言い回しをあえて取り入れることで雰囲気を強調できます。
ブランドガイドラインの作成方法

1. 作成方法を決める
ビジュアルやコピーを作成できるクリエイターが社内にいないのであれば、専門的なブランディングエージェンシーにブランドアイデンティティの構築からブランドガイドラインの作成までをサポートしてもらう方が良いでしょう。外部の専門家を活用することで、短期間で完成度の高いガイドラインを整備できる利点があります。
一方で、自社でブランドガイドラインを作成する場合には、ブランドスタイルガイド用のテンプレートを利用すると便利です。テンプレートには通常、ブランドカラー、ロゴ、フォントなどの基本要素を編集できるフィールドが用意されており、必要な内容を網羅的に整理することができます。自社の状況やリソースに応じて、外部に依頼するか自分たちで進めるかを選択すると良いでしょう。
2. ムードボードを作る
ブランドの見た目や雰囲気を形にしていくうえで、イメージに合う素材を集めたムードボードは非常に有効な出発点となります。
エージェンシーや社内のクリエイティブチームと進める場合でも、自分でガイドラインを作成する場合でも、まずは「どのような方向性にしたいのか」を視覚化することが大切です。ブランドのイメージに合う参考画像を集めたフォルダーと、逆に避けたいイメージを集めたフォルダーを作成すると、チーム全体で共有しやすくなります。
また、視覚的な資料だけでなく、ブランドボイスやターゲットオーディエンスに関するキーワード、キャッチフレーズやスローガンのアイデア、価値提案や避けるべき表現をまとめた文書を用意するのも効果的です。
3. ブランドの個性を磨く
ブランドの個性は、あらゆる意思決定や表現の軸となる重要な要素です。
明確な個性が定まっていれば、ロゴやカラーといった視覚的要素から、キャッチコピーやSNSの投稿といった言語的要素まで一貫した方向性を持たせることができます。ブランドの個性を磨く際には、「自分たちのブランドをどのように感じてもらいたいか」を具体的に考えることが大切です。
例えば、親しみやすくフレンドリーな存在として認知されたいのか、それとも信頼性や専門性を強調したいのかによって、選ぶ言葉やデザインのトーンは大きく変わります。ブランドを「人」として捉え、どのような性格や価値観を持つかを言語化することで、個性をブランディングのすべての要素に反映させることができます。さらに、他社との差別化を明確にするためには、自社ならではの強みを示すUVPを定義しておくことが重要です。
4. 使用ガイドラインを設定する
ブランドの一貫性を保つためには、ロゴ、カラーパレット、フォントといったブランドアイデンティティ要素の使用ルールを明確にする必要があります。
すでにこれらのアセットが揃っている場合は、例えば「ロゴの周囲にどれだけ余白を設けるか」「どの場面でどの色を使うか」「見出し用と本文用でどのフォントを使い分けるか」といった具体的な指針を定めるとよいでしょう。
まだロゴやブランドカラーを決めていない場合は、制作を進めながら並行してルールを追加していく形でも問題ありません。重要なのは、アセットの使い方を曖昧にせず、意図的にルール化することです。使用ガイドラインは、制作に関わる社内外の人が迷わず活用できる「共通の基盤」となります。これにより、誰がコンテンツを作っても同じブランドらしさを表現でき、メッセージの一貫性を保ち続けることが可能になります。
ブランドガイドラインの日本における事例
メルカリ(Mercari)
メルカリは、公式プレスキットやブランドページを通じて、ロゴやサービスアイコンの使用ルールを公開しています。
ロゴの最小サイズや周囲に確保すべき余白、禁止されている改変方法などが明確に示されており、社外のパートナーやメディアも統一した形で利用できる仕組みになっています。また、アプリや広告など多様なタッチポイントで一貫したブランドイメージを保つため、デザイン要素を整理したPDFガイドも配布しています。これにより、メルカリらしい「安心感」と「親しみやすさ」を損なわずにブランドを拡大できています。
LINEヤフー
LINEヤフーは、公式サイトで商標やロゴの使用ガイドラインを公開しています。利用時に事前承諾が必要かどうか、禁止される使用方法、常に最新版に従う必要があることなどを明文化しています。
開発者向けには「LINEでログイン」ボタンのデザインガイドラインも提供しており、サービスやアプリに組み込む際のルールを細かく定めています。複数の事業やサービスを展開する大規模企業だからこそ、ブランド資産を正しく守りながら活用できる仕組みが整備されており、外部パートナーとの協業にも役立っています。
はてな(Hatena)
はてなは、ブログやブックマークなどのサービスで広く知られる企業で、公式サイトで各サービスのロゴデータなどのブランドリソースを公開しています。
権利の帰属、改変禁止、商用利用の可否などが明記されており、利用者が迷わずに使えるよう配慮されています。また、必要に応じて利用問い合わせを行う仕組みも整備されており、柔軟かつ統一感のあるブランド運用を可能にしています。シンプルながらも実務的に役立つガイドラインの形として参考になる事例です。
NTTドコモ
NTTドコモも、自社ブランドのロゴ使用に関する規定を公式に公開しています。コーポレートロゴや事業ブランドロゴの扱いについて、表示の際の大きさや配置、周囲とのバランスなど細かい条件を明記しています。
特に、改変禁止や不適切な利用方法の防止については徹底されており、信頼性の高い企業ブランドを維持する仕組みを整えています。大規模な通信事業者として幅広い場面でロゴが使われるからこそ、こうした明確なルールがブランド保護と統一感の確保に直結している好例といえます。
まとめ
ブランドガイドラインは、デザインや言語表現を統一するための指標です。あらかじめ細かく設定しておくことで、広告やSNS、メール配信といったデジタルマーケティング活動を効率化でき、その成果を高める基盤にもなります。
一貫したブランディングやコミュニケーションは、顧客の信頼を得るためにも欠かせません。外部パートナーとの協働や組織の拡大にも対応できる強固な基盤となり、ブランドの長期的な成長を支える役割を果たします。
よくある質問
ブランドガイドラインには何が含まれますか?
ブランドガイドラインには、ロゴやカラー、フォントなどの視覚要素と、言葉遣いやトーンといった表現ルールが含まれます。これにより誰が制作しても一貫したブランド体験を提供できます。
ブランドガイドラインとスタイルガイドは同じですか?
ブランドガイドラインとスタイルガイドはほぼ同じ意味ですが、スタイルガイドは文章表現に特化する場合があります。ブランドガイドラインは視覚と文書両方を含む包括的なものです。
ブランドガイドラインは必要ですか?
ブランドの一貫性を保つためにブランドガイドラインは必要です。特にウェブサイト制作、外部パートナーとの協働、新入社員の採用時などに効果を発揮します。
ブランドガイドラインはどのくらいの長さが必要ですか?
ブランドガイドラインの長さに決まりはありません。数ページの簡易版から80ページ程度の詳細版まで幅広く、企業の規模や目的に応じて調整できます。
文:Takumi Kitajima





