価値観が多様化した現代では、SNSや動画配信サービスを中心にそれぞれが自分の好みに合った情報やコンテンツを選ぶなど、個人の関心の対象や接点が細分化されています。
このような流れは、不特定多数を対象にしたマスマーケティングが成果をあげにくくなっている大きな要因の一つです。そのため、B2CやD2Cなど一般消費者を対象にするビジネスでは、幅広い層に一律のメッセージを届けるのではなく、特定の市場や顧客層に焦点を当てて戦略を練ることが、より重要になってきました。
そこで注目されているのが、ターゲットマーケティングです。適切な市場に絞ってアプローチすることで、限られた資源を効率的に活用できるだけでなく、顧客の共感も得やすくなり、結果として売り上げやブランド価値の向上につなげられます。
本記事では、このターゲットマーケティングで必要となるターゲット市場をどのように選定し分析するのかを、具体的な方法や事例を交えながら解説します。ターゲットを絞り込んでビジネスの成功に結びつけたい事業者はぜひ参考にしてください。
ターゲット市場とは?

ターゲット市場とは、企業が商品やサービスを提供する際に特に重点をおく、購買確率が高い消費者層や市場セグメントのことを指します。
商品やサービスの主要な購買層には、年齢、性別、収入、居住地域、趣味嗜好などに一定の共通点があります。この共通の特徴を持つグループを発見してターゲット市場を定義することで、経営資源を効率的に配分し、販売戦略の効果を高めることができます。
ターゲット市場を選定するメリット

ターゲット市場を選定する大きなメリットには以下のようなものがあります。
- マーケティング戦略の効率化:ターゲットが絞り込まれるため、効果的な販売チャネルに重点をおくなどコストを抑えながら効率的なマーケティングが行えます。
- ターゲット市場内での差別化:ターゲットが明確になることでニッチ市場などでポジショニングしやすくなり、他社との差別化が可能になります。
- 顧客満足度の向上:顧客のニーズや価値観を理解しやすくなるため、ターゲットに適した商品やサービスの提供、価格設定の最適化などが可能になり、顧客満足度を高めることができます。
ターゲット市場の選定方法

1. 市場をセグメント化する
まず、市場をセグメントに切り分けます。顧客層をセグメント化するには、次の4つの視点から分けるのが有効です。
地理的変数
ターゲット市場の場所の違いや地理的特徴に従って細分化します。
- 国内/海外
- 都市部/郊外
- 気候
- 文化的特徴 など
人口動態変数
人口統計データをもとに細分化する方法です。
- 年齢
- 性別
- 職業
- 所得
- 学歴
- 家族構成 など
心理的変数
ターゲット市場を共有する心理的特性に基づき細分化します。
- 価値観
- ライフスタイル
- 興味
- 意見 など
行動変数
顧客の購買行動に基づいて市場を細分化する方法です。
- 購入した日時
- 購入頻度
- 利用シーン
- 販売チャネル など
2. セグメントを評価する
次に、各セグメントを評価します。ターゲット市場候補となるセグメントの評価には、以下の選定指標を用いましょう。
優先順位
優先順位は、複数ある市場セグメントのどこに注力すべきかを判断するための基準です。自社の戦略や経営資源との相性を加味して、総合的にセグメントを評価する役割を持っています。
たとえば、SNSで積極的に情報を発信してくれる消費者層や、商品の強みを理解して継続的に購入してくれる消費者層は、規模がやや小さくても「優先度が高い」と判断できます。逆に規模が大きくても競合が激しく、差別化が難しい市場は、他の条件が良くても優先度は下がるでしょう。
市場規模の有効性
市場規模の有効性とは、参入しようとする市場の大きさが、十分な収益を見込めるかどうかを判断するための指標です。
一般的に市場規模が大きければ、多くの潜在顧客を抱えているため、売り上げにつながる可能性も高まります。市場規模が小さい場合は、たとえ商品やサービスが適合していても、十分な利益を確保できない可能性があるため、小規模市場をあえて選ぶ場合には、独自性(USP)やニッチ性など明確な理由が必要となります。
市場規模を把握する方法としては、政府が公表する以下のような統計データを参照するのが有効です。
また、調査会社やシンクタンクが発行する業界レポートを利用することで、より精度の高いデータを得ることも可能です。こうしたデータをもとに、市場の大きさを客観的に評価することが、市場規模の有効性を見極める第一歩となります。
到達可能性
到達可能性とは、ターゲット市場に対して自社の商品やサービスを実際に届けられるかどうかを判断する指標です。物理的な距離や物流体制の問題があると、品質を保ったまま商品を届けるのが難しくなり、輸送コストもかさみます。
たとえば、生産拠点や店舗網から遠く離れた地域の顧客は、ターゲットとしての優先度が下がることがあります。
また、到達可能性は「プロモーションがターゲット層にきちんと届くか」という情報面も含みます。通信インフラが整っていなかったり、ターゲット層が利用しているメディアやSNSに広告が届かなかったりする場合は、せっかく市場を定めても効果的にリーチできません。
この指標を高めるためには、フルフィルメントの改善や3PLの導入といった物理的な工夫に加え、マーケティングチャネルの最適化が重要となります。
測定可能性
測定可能性とは、ターゲット市場に対して行った施策がどの程度効果を生んでいるかを、具体的なデータで確認できるかどうかを表す指標です。施策を実施した後に実際の購買データや利用データを収集し、施策と行動がどれくらい関連しているかを検証できることが重要です。
たとえば、特定の年齢層を対象に広告を打った結果、その層で実際に売り上げが伸びているかどうかを数字で確かめられれば、マーケティング戦略の改善や調整につなげられます。
マーケット施策の影響を確認する方法としては、メールマガジンの開封率やクリック率、オンライン広告のコンバージョン率などの指標を活用する方法があります。
成長性
成長性とは、市場が将来的に拡大する見込みがあるかどうかを判断するための指標です。現時点で市場規模が小さくても、今後の成長が期待できる分野であれば、早い段階で参入することで将来的に大きな収益につながる可能性があります。逆に、現在の規模が大きくても、今後縮小が予想される市場であれば、中長期的な事業基盤としては不安定になります。
成長市場を見極めるには、業界トレンドや技術革新、市場需要の変化などを幅広く調査することが必要です。公開されているデータや業界ニュースなどから市場の情報を集めましょう。また、関連キーワードをGoogleトレンドで調査することで、社会的関心が高まっているのか、あるいは低下しているのかも把握できます。こうした情報を組み合わせることで、市場の将来性を評価できます。
競合状況
競合状況とは、ターゲット市場における競争の激しさや、競合となる企業・商品の存在を評価する指標です。競合が多すぎる市場では、新規参入が難しく、価格競争に巻き込まれるリスクがあります。
競合状況をどう評価するかは、経営目標によっても変わります。たとえば「市場シェアの数%を確保できれば十分」と考えるのか、「業界内で上位を目指す」と考えるのかで、競争の厳しさに対する受け止め方は異なります。そのため、競合状況を判断する際には、単に競争相手の数や強さを見るだけでなく、自社がどの位置を目標とするのかを明確にしたうえで検討することが重要です。
3. 最適なターゲット市場を選定する
最後に、セグメント評価とターゲティングの方法をもとにターゲット市場を決定します。ターゲティング方法は大きく3つに分けられます。
差別化型マーケティング
複数のターゲット市場を対象に、それぞれ異なる商品や戦略を展開する方法です。
たとえば行動変数でセグメント化している場合、リピート購入する顧客が多いECサイトでは定番商品の定期購入、新規顧客のシーズン品購入が多い実店舗では新商品を知ってもらうことを重視するなど、ターゲット市場が好むチャネル別に戦略を変えることができます。
集中型マーケティング
一つのターゲット市場に絞り込み、リソースを集中させる方法です。一点集中できるためターゲットのニーズに特化した商品開発やサービスの提供が行え、ブランド構築しやすくなります。また、ターゲットにリーチしやすいマーケティングチャネルや戦略に絞ることができ、マーケティングコストの削減や費用対効果の向上にも効果があります。
無差別型マーケティング
すべての市場に対して同じ商品やサービスを提供する方法です。これはターゲティングに頼らないマーケティング手法で、大量生産・大量販売を前提とする企業に適しています。
ターゲット市場選定の注意点

顧客属性データを正確に把握する
ターゲット市場を選定するには、セグメント化に必要な正確で具体的な顧客属性データを集める必要があります。
年齢・性別・住所といった人口動態や地理的データは会員登録時などに確実に取得できるようにしましょう。eコマースであれば、購入頻度や購買金額といった行動データも購入履歴を分析することで把握できます。
一方で、趣味や関心、購入の動機などの心理的な特性は、登録情報や履歴だけでは見えてきません。そのため、同梱物に購入後アンケートを加えたり、Googleアナリティクスを使って顧客のサイト内行動を分析したりしましょう。ターゲット市場が好むSNSでのトレンド分析やアンケートも有効です。アンケートでは、「どのように商品やサービスを知ったのか」「購入した目的は何か」「良かった点や改善してほしい点は何か」といった質問を盛り込むことで、より深い顧客理解につながります。
実店舗の場合は、接客時の会話を通じて顧客の価値観や利用シーンを聞き出しましょう。小さなやり取りの中に、心理的・行動的な特性を知るヒントが隠れていることがあります。
ターゲットを広げすぎない
ターゲット市場を設定する際に、アプローチ先があまりにも広すぎるとメッセージがぼやけてしまい、誰にも響かなくなるリスクがあります。結果として、広告や販促にかけたコストに対して十分な効果を得られなくなってしまうでしょう。
特定の市場を選ぶということは他の市場を切り捨てることでもあり、経営者やマーケターにとって心理的に抵抗感のある決断かもしれません。しかし、ターゲットを広げすぎると、結果的に中途半端な戦略となり、どの顧客層にも強い訴求ができなくなります。しっかりとした市場調査とセグメンテーションを行い、思い切った「選択と集中」を行うことが重要です。
特に小規模ビジネスの立ち上げにおいては、限られた資源で深くアプローチできる集中型マーケティングがおすすめです。
ターゲット市場を設定したままにしない
市場環境は常に変化しています。新しい技術や社会的な潮流が次々に登場し、既存の枠組みでは捉えきれない需要が生まれることもあります。こうした変化に対応するには、ターゲット市場を選んでそのままにせず、テスト期間やKPIを設定して戦略の検証や評価を行いましょう。
その結果に合わせて新規市場の開拓や製品・サービスの改善などを行うことで、常に効果的なマーケティングが行えるようになります。
ターゲット市場の活用事例
ここでは、実際にターゲット市場を明確に定めることで成果をあげた企業の事例を紹介します。単に「誰に売るか」を決めるだけでなく、狙いを定めたセグメントの中で自社の強みをどう活かすかによって、他社にはない存在感を築いた例です。
1. ユニクロの事例

ユニクロは、海外を含めた「地理」、年齢、収入、家族構成などの「人口動態」、ミニマリスト、エコ意識、流行に敏感などの「心理」の3つの切り口により、市場を細分化しています。そのうえで、20~50代の働く世代、ファミリー層、エコ意識の高い消費者、トレンドフォロワーをターゲット市場として設定し、それぞれに相応しい製品とマーケティング施策を決定しました。
複数の市場を対象としてそれぞれに異なるマーケティング戦略や重点商品を投入する「差別化型マーケティング」を採用しつつ、いずれのターゲット市場においても、ユニクロの基本的な価値である「高品質」「手頃な価格」「機能的」は崩すことなく、自社の製品ポジショニングを確立しています。
2. ナイキの事例

ナイキは、特に重点をおくターゲットとして、プロ選手を含む熱心なスポーツ愛好者、女性のスポーツ愛好者、スポーツをしている子ども、環境問題に熱心なスポーツ愛好者を設定し、それぞれに相応しい販促戦略を行っています。
「人口動態」「地理」「行動」「心理」のセグメント要素できめ細かくターゲット市場を設定しており、たとえば、人口動態では、15歳から45歳をメインターゲットとしながら、母親向けや子ども向けなど特定のグループを題材にした広告シリーズでターゲット市場ごとに共感を生んでいます。また、北米、欧州、中国圏、南米、アジア太平洋と地理的なセグメンテーションを行ってそれぞれの売上目標を設定しているほか、行動面や心理面では、ファッション意識の高い層を意識した販促施策などを打ち出しています。
さらに、プライド月間には、LGBTQコミュニティに向けて象徴的なダンサーを起用した動画キャンペーンを打ち出し、多様性の価値を前面に示す試みも行っています。
このように、ナイキも複数のターゲット市場向けに異なる販促手法をとる「差別化型マーケティング」を採用しています。
ターゲット市場選定の課題と解決策
想定市場が成果につながらない可能性がある
ターゲット市場を絞り込む際の大きなリスクは、実際には十分な顧客が存在しなかったり、物理的・情報的に到達が難しかったりして、期待した成果が得られないことです。たとえば、特定の地域や年齢層を狙っても、広告や流通チャネルが十分に行き届かなければ、市場として活用できません。また、過度に対象を限定しすぎると、潜在顧客を取りこぼし、成長の機会を失う可能性もあります。
このリスクを避けるためには、まず事前の市場調査を丁寧に行い、対象となる顧客層が十分に存在するかを確認することが重要です。政府統計、業界レポート、既存顧客の購買履歴、アンケート結果などをしっかりと分析しましょう。また、いきなり市場を狭く絞りすぎず、最初は複数のセグメントをテスト的に比較し、反応の良い層に徐々に集中していく方法も効果的です。
ターゲット市場ではない層に誤解を与えるリスクがある
ターゲット市場を選定しそれに特化したマーケティングを行うと、ターゲットから外れている層に誤解を与えるリスクが生じます。たとえば、「若い男性が対象」というメッセージを強調しすぎると、特定の属性を排除しているように聞こえたり、商品やサービスの利用者について固定的なイメージを押しつけているような印象を与え、他の層が疎外感を抱いたり反感を覚えたりする恐れがあります。
こうした課題を解決するためには、マーケティングメッセージの表現で多様な顧客が排除されていないかをチェックすることが有効です。社内でのレビューや外部のモニターを活用して、「誰かを不当に排除していないか」「固定観念を押しつけていないか」を確認すると良いでしょう。
取り扱うデータが多い
ターゲット市場の選定ではさまざまなデータを集める必要があります。中でも市場をセグメント化するために必要な顧客データは、名前や年齢、住所といった個人情報から、購買行動や趣味嗜好、価値観などプライバシーに関わる情報など多種多様なデータを扱う必要があります。
こういったデータを活用する際には、情報収集の方法や取り扱いについて透明性を確保し、データ漏洩などが起きないようセキュリティ対策などをしっかりと行って管理する必要があります。
データ収集時は、その目的を明示し、顧客に同意を得たうえで利用することが必須です。特にオンライン調査やアンケートでは「回答は匿名で扱う」「マーケティング以外には使用しない」といった説明を加えることが大切です。透明性を確保することで、回答率の向上にもつながります。さらに、プライバシーポリシーをわかりやすく提示し、顧客が自分の情報をコントロールできる仕組みを用意することも大切です。
まとめ
ターゲット市場の選定は、市場を細分化し、各セグメントを評価し、最終的にどのアプローチで取り組むかを決定するという3つのステップを踏むことで、効果的な市場を選ぶことができます。
大手企業のように大量の資源を投入することが難しいスモールビジネスや小規模なEC事業にとっては、広い市場を相手にするのではなく、細分化されたターゲット市場の中で確実に支持を得ていく戦略が有効なため、顧客属性を正確に把握することが大切になります。
これからターゲット市場を選定しようとしている事業者や、これまでのターゲティングを見直したい企業、マーケティングの成果がなかなか出ない企業などは、本記事を参考に最適なターゲット市場を見つけてください。
ターゲット市場に関するよくある質問
ターゲット市場とは?
ターゲット市場とは、企業が商品やサービスを提供する際に、特に重点をおく顧客層や市場セグメントのことを指します。ターゲット市場の設定により、マーケティング活動の効率化、価格設定の最適化、販売チャネルの選定、商品やサービス内容の改善などの戦略的な意思決定が容易になります。
ターゲット市場の選定方法は?
以下の3ステップでターゲット市場の選定ができます。
- 市場をセグメント化する
- セグメントを評価する
- 最適なターゲット市場を選定する
ターゲット市場の設定が重要な理由は?
ターゲット市場の設定が重要なのは、ブランドに関与する可能性が高い顧客に効率的にアプローチし、他社と差別化したり顧客満足度を高めたりするのに役立つからです。ターゲット市場を設定せず広範囲にわたるマス市場向けにマーケティングを行っても訴求力が弱く、マーケティングの効果を得にくい可能性があります。
STP分析とは?
STP分析とは、市場を細分化して最適なセグメントを選び、他社との優位性を築く、ターゲット市場選定の手法です。Segmentation(セグメンテーション)、Targeting(ターゲティング)、Positioning(ポジショニング)の頭文字を取ってSTP分析と呼ばれます。
文:Norio Aoki





