ビジネスオーナーにとって、事業を成長させるために追うべき指標は数多く存在します。売上高や純利益率、顧客維持率など、どれも企業経営に欠かせないものですが、EC事業者が特に注目すべきなのがLTV(顧客生涯価値)です。LTVは、ECサイトのKPIとしても重視される指標であり、1人の顧客が自社にもたらす利益を長期的な視点で捉えるためのものです。マーケティング戦略や広告投資の意思決定を左右する重要な基準となります。
正しく把握することでどの顧客にどれだけコストをかけるべきかを見極め、効率的な集客やリピート施策の設計につなげられます。
この記事では、LTVの概要や重要視されている背景、実際に使える計算方法を具体例とともに解説します。LTVを向上させる方法も紹介しているので、ぜひ参考にしてください。
LTVとは

LTV(顧客生涯価値)とは、Life Time Value(ライフタイムバリュー)の略称で、顧客が企業との取引を開始してから終了するまでの間に生み出す純利益の合計を指します。初回購入だけでなく、その後のリピート購入や平均的な取引期間も考慮され、顧客ロイヤルティが高いサービスほどLTVが高くなる傾向があります。
例えば、同じ顧客が毎月自社のECサイトでスキンケア商品を購入し、3年間継続した場合、その合計金額からコストを差し引いたものがLTVとなります。LTVが高いほど、より少ない広告費で収益を拡大できる可能性が高まり、マーケティング投資の効率化につながります。一方で、LTVが低い顧客に過度な広告費や販促費をかけてしまうと利益を圧迫してしまいます。そのため、LTVを把握することは「どの顧客にどれだけ投資すべきか」を判断するうえで欠かせません。
LTVは単なる数値ではなく、顧客維持施策やマーケティング戦略の優先順位を決めるための重要な指針です。新規顧客の獲得と既存顧客の維持をバランスよく進めることで、事業全体の成長をより安定させることができます。
LTVが重要視される背景

サブスクリプション時代の到来
近年、ビジネスの収益モデルは大きな変革を迎えています。従来の「一度売って終わり」という売り切り型から、Netflix(ネットフリックス)やSpotify(スポティファイ)などに代表されるサブスクリプション型への移行が進み、食品や日用品、アパレルなど多様な業界にも広がっています。このモデルでは、顧客に継続的に利用してもらうことが前提となるため、顧客一人ひとりと長期的な関係を築くことが不可欠です。
その結果、単発の売上よりも顧客がどれだけ長くサービスを使い続け、どの程度収益をもたらすかを示すLTVの重要性が一段と高まっています。
新規顧客獲得の難化
近年、新規顧客を効率よく獲得することはますます難しくなっています。サードパーティクッキー(第三者から提供される顧客データ)の規制やプライバシー保護の強化により、従来の広告手法の効果が大幅に下がっていることに加えて、広告費の高騰や市場競争の激化が進んでいるためです。
このような状況では、従来のように新規獲得に頼る成長モデルは限界を迎えており、既存顧客をいかに維持・育成するかが成功の鍵を握ります。そのため、企業は顧客が長期的にどれだけ利益を生み出すかを示すLTVを指標として重視し、戦略を再構築する必要に迫られています。
ワントゥワンマーケティングの主流化
新規顧客獲得が難しくなっている現代では、企業成長において顧客関係の強化が不可欠となりました。この状況を受け普及したのがワントゥワンマーケティングです。ワントゥワンマーケティングとは、CRMを活用し、顧客の購買履歴や行動データをもとに顧客一人ひとりに合わせて施策を打つマーケティング手法です。
パーソナライズドマーケティングを成功に導くには、顧客ロイヤルティや顧客満足度の向上が欠かせません。そのための指標として活用され始めたのがLTVです。LTVを継続的に測定・分析することで、顧客ごとに適切なタイミングで、適切なコミュニケーションを図ることが可能になります。パーソナライズされた顧客体験を提供し、顧客のファン化やリピーター獲得につなげるうえで、LTVはそれらを支える中核的なマーケティング指標として位置づけられるようになりました。
LTVの計算方法

基本の計算方法
LTVの基本的な算出方法は「平均購入単価×購買頻度×継続期間×粗利率」です。
例えばアパレルECを運営している場合、平均購入単価が5,000円、1年間に3回購入する顧客が、3年間継続して購入しているとします。さらに粗利率を40%とすると、LTVは「5,000円×3回×3年×0.4=18,000円」になります。
この計算式は単純ですが、顧客1人あたりが企業にもたらす総利益を把握するうえで非常に有用です。また、この計算を複数の顧客セグメントに当てはめることで、どの層がより高い価値をもたらしているかを把握できるため、ターゲティングや販促施策に活用できます。
コストを考慮した計算方法
基本の計算方法で算出した金額から、「顧客獲得コスト」と「顧客維持コスト」を差し引くことで、顧客一人あたりの実際の利益をより正確に把握できるほか、マーケティング施策の最適化にも活用できます。
例えば、先ほどの基本計算で18,000円のLTVが算出されたとします。しかし、新規顧客を広告経由で獲得するのに5,000円、カスタマーサポートやメールマーケティングなどの顧客維持のためのコストに3,000円かかっている場合、実質的なLTVは「18,000円-5,000円-3,000円=10,000円」となります。
このように顧客の獲得・維持にかかるコストを考慮することで、マーケティング費用に見合った収益が得られているかどうかを正しく評価できます。もしLTVよりコストが大きければ、長期的に利益が出ない仕組みになっている可能性が高く、マーケティング戦略や施策を見直す必要があります。EC事業を成功に導くには、LTVを単なる売上指標ではなく、投資効率を判断するための指針として活用することが欠かせません。
サブスクリプション型サービスの計算方法
定期購入型やサブスクリプション型のEC事業では、一般的に「LTV=平均購入単価÷チャーンレート(解約率)」でLTVを算出します。
例えば健康食品の定期購入サービスを運営していて、1ユーザーあたりの月の平均購入単価が5,000円、平均的な解約率が月5%(0.05)だとすると、LTVは「5,000円÷0.05=100,000円」となります。このモデルでは、解約率を下げることがLTVの最大化に直結します。つまり、顧客が継続利用してくれる期間を長く伸ばせば伸ばすほど、1人の顧客から得られる利益が増大する仕組みです。
そのため、サブスクリプション型では、定期便のカスタマイズや利用特典、顧客サポートの強化など、解約を防止する施策が極めて重要です。LTVを正しく算出することで、どの程度の広告費を投入すべきか、どの顧客層に注力すべきかといった経営判断が明確になります。
LTVを向上させる方法6選

1. 柔軟でスムーズな返品対応を提供する
柔軟な返品ポリシーを設け、返品や交換の手続きを簡単かつ安心してできるようにすることで、購入率やLTVの向上を図ることができます。ECサイトでは実際に商品を手にとって確認できないため、「イメージと違った」「サイズが合わなかった」というトラブルが発生しやすい傾向にあります。そのため、例えば、一定期間であれば返品を可能にしたり、無料交換を提供したりといった戦略は、顧客満足度の向上やリピート購入につなげることができます。また、返送ラベルを同梱したり、スムーズな返金手続きを整備したりすることも効果的でしょう。
2. ロイヤルティプログラムを導入・強化する
ポイント付与や会員限定クーポンなどのロイヤルティプログラムは、リピート購入を促進する効果的な手段です。例えば「購入金額に応じた送料無料特典」や「会員限定の新商品先行販売」など、ブランドの利益に影響が出ない範囲で魅力的な特典を設定することが重要です。顧客は自分が優遇されていると感じるほど、長期的にブランドにとどまる傾向があります。
3. ハイバリュー顧客を分析する
大きな価値をもたらす顧客を分析し、なぜ自社を選び続けるのかを知ることで、今後のマーケティング施策や商品・サービス開発に活かすことができます。ニーズや購入動機を把握するには、インタビューやアンケート、レビューの確認が効果的でしょう。分析結果を活かして、顧客のニーズに応える商品やサービスを継続的に提供していくことで、購入頻度や継続期間を伸ばすことができます。
4. 配送体験を最適化する
配送は顧客満足度に直結する要素です。予定日を守ることはもちろん、期待を超える早い配送は顧客ロイヤルティの向上につながります。また、時間帯を指定できるオプションを提供できれば、顧客満足度をさらに高められます。
配送スピードや柔軟な配送オプションだけでなく、梱包も配送体験の最適化において重要な要素です。適切な資材を使用し商品が破損しないよう丁寧に梱包することに加えて、環境問題への関心の高まりを踏まえ、エコパッケージを使用すると、ブランドイメージの向上が期待できます。
こうした取り組みを通じて顧客からの信頼を獲得することで、継続的な購入につなげられます。
5. アップセル・クロスセルを活用する
購入時に関連商品や上位モデルを提案するアップセルとクロスセルは、顧客単価を引き上げる効果があります。例えば「コーヒーメーカー購入者に専用フィルターをおすすめする」「スキンケア商品のセット割を案内する」といった施策が代表例です。重要なのは自然で役立つ提案をすることで、ECサイトであればレコメンド機能の活用が効果的です。閲覧履歴や購入履歴をもとにした提案は、押し売りではなく「顧客にとって便利な情報」として受け入れられる可能性が高くなります。
6. 定期的なコミュニケーションを図る
顧客との長期的な関係を築くには、定期的なコミュニケーションが欠かせません。メルマガ、SNS、購入後のフォローメッセージなどを活用し、顧客の関心を惹きつけることが大切です。また、特別セールやキャンペーンなど顧客の役に立つ情報を発信すると、継続購入のきっかけとなります。
まとめ
LTVは単なる数値ではなく、EC事業の方向性を決める重要な指針です。新規顧客の獲得が難しくなっている中で、どの顧客にどれだけコストを投じるべきか、どの施策を優先すべきかを判断する基盤となります。
基本の計算方法から、コストを考慮した計算方法、さらにサブスクリプション型に応じた算出方法など、LTVはさまざまな方法で計算できます。ビジネスモデルや分析目的に応じた計算方法を採用することで、経営判断の精度を高めることができるでしょう。
加えて、返品対応や配送体験の改善、ロイヤルティプログラムの導入、アップセル・クロスセルの活用など具体的な施策を実行すれば、顧客との関係を強化し、LTVを向上させることができます。
LTVを戦略に取り入れ最大化を目指すことは、短期的な売上にとどまらず、持続的で安定した成長を実現するための重要な鍵となります。
よくある質問
LTVの計算に必要な要素は?
- 平均購入単価
- 購買頻度
- 継続期間
- 粗利率
算出方法によっては、上記に加えて、顧客獲得コスト、顧客維持コスト、チャーンレートなどが必要になります。
LTVの計算式は?
LTVの基本的な計算式は「平均購入単価×購買頻度×継続期間×粗利率」です。コストを差し引いた計算方法やサブスクリプション型サービスの計算方法などさまざまな方法があり、ビジネスモデルや分析目的によって使い分けることが大切です。
LTVとCLVの違いは?
LTVとCLVはどちらも「顧客生涯価値」を指す概念で、顧客が取引期間中に企業にもたらす利益のことです。一般的に、CLVは学術論文やマーケティング理論で使われる傾向があり、LTVはビジネス現場や実務で広く用いられています。
LTVを向上させるには?
- 柔軟でスムーズな返品対応を提供する
- ロイヤルティプログラムを導入・強化する
- ハイバリュー顧客を分析する
- 配送体験を最適化する
- アップセル・クロスセルを活用する
- 定期的なコミュニケーションを図る
文:Takumi Kitajima





