起業には精神的な負荷や資金面の不安定さなど、多くの課題が伴います。これらの課題を理解しておくことで、予期せぬ状況にも適切に対応しやすくなり、持続可能な事業運営を目指すことができます。
この記事では、起業家(アントレプレナー)が直面しやすい主な課題と、現実的な解決策を紹介します。起業を目指す方や、ビジネスオーナーの方は参考にしてください。
起業家が直面する課題10個

1. 将来への不安
起業はほとんど失敗すると言われています。多くの起業家が「事業がこのまま成長しなかったらどうなるのか」「もし失敗したら、生活やキャリアをどのように立て直せるのか」といった不安を抱えがちです。起業した場合、組織に勤めて安定した給料や社会保障を得る働き方とは異なり、事業の成果によって自身の生活が大きく左右されます。事業の将来性や金銭面での不安が強くなると、行動が慎重になりすぎたり、挑戦を避けたりする原因にもつながります。
解決策
「もし失敗したらどうしよう」という漠然とした不安を和らげるために、最悪のケースをあらかじめ想定し、生活やキャリアを立て直す選択肢を整理しておくことが有効です。たとえば、事業が立ち行かなくなった場合にどんな仕事ができるか、再スタートならどんなスキルが必要かなどを具体的に考えておくと良いでしょう。
また、事業が思い通りに進まなかった場合でも、そこで得た経験や知識は、次の挑戦に活かせる重要な資産になるということを理解すべきです。行動を続けることで学びが蓄積されるという考え方を持つことで、前向きに挑戦しやすくなります。
2. 資金繰り
起業直後は、立ち上げに必要な初期投資の確保や、売り上げが安定しない時期の運転資金の調整など、常に資金面での課題がつきまといます。手元資金に十分な余裕がなく、資金調達が思うように進まないと、設備、人材、広告などの投資が後回しになり、事業の成長が鈍化する恐れがあります。また、キャッシュフロー管理に不慣れな状態では、黒字であっても支払いや返済のタイミングが間に合わず、資金ショートに陥るリスクもあります。
解決策
資金不足を防ぐために、起業にいくら必要か整理し、最低限必要な初期投資と後回しにできる費用を明確に分けることが重要です。初期段階では、事務所を構える代わりにシェアオフィスを利用したり、事業運営システムにはクラウドサービスを活用したりするなど、固定費を抑えながら事業を始める方法を検討しましょう。
同時に、補助金や助成金、自治体の創業支援、金融機関の融資など、複数の資金調達手段を早めに調べておくことも効果的です。投資家マッチングサイトやクラウドファンディングの仕組みも確認しておくと、いざ活用したいときにスムーズに実行に移せるでしょう。選択肢を知っておくことで、必要なタイミングで迅速に資金を確保できます。
さらに、運転資金を一定期間確保するために、キャッシュフローを定期的に見直し、入金と支出のタイミングをコントロールしておきましょう。
3. 孤独感
起業家は、同じ立場の人が身近にいないため、考えや悩みを共有しにくく、孤独を感じやすい環境に置かれています。たとえば、周囲の多くが会社員や公務員として働いている場合、お金やキャリアに対する価値観が大きく異なることから、「自分の状況は理解されない」という疎外感を抱きがちです。こうしたネガティブな思考が続くと、事業を継続するモチベーションにも影響を及ぼす可能性があります。
解決策
孤独感を軽減するには、同じ経験を持つ人とのつながりを積極的につくることが重要です。たとえば、起業家コミュニティやスタートアップ向けのミートアップなどに参加すると、自分と近い状況の人と出会えます。実際に悩みを共有してみると、「同じことに悩んでいる人がいる」というだけで気持ちが軽くなることも多く、精神的な支えになります。
また、経験豊富なビジネスメンターに定期的に相談する機会を持つことも有効です。たとえば、月に1回30分でも、事業の迷いや不安を第三者に話す時間を確保するだけで、考えが整理されて視界が開けることがあります。
さらに、起業家の名言や書籍に目を通すことで、多くの起業家が同じような孤独や葛藤を経験してきたことに気づけます。視野を広げ、自分の状況を客観的に捉える助けにもなります。
4. 燃え尽き症候群
起業家にとっての課題の一つに燃え尽き症候群(バーンアウト)が挙げられます。燃え尽き症候群とは、これまで意欲的だった人が、蓄積した疲労やストレスを原因として急激にやる気を失ってしまう状態のことです。起業初期は長時間労働やプレッシャーが続きやすく、心身が消耗しやすい環境にあるため、燃え尽き症候群のきっかけが潜んでいます。たとえば、「やる気はあるのに体が重い」「以前は楽しめた仕事が苦痛に感じる」などの感覚は、エネルギーが枯渇しているサインです。
解決策
燃え尽き症候群を防ぐには、ワークライフバランスを意識して、ストレスを解消する時間を確保することが重要です。たとえば、週に1日だけでも仕事から完全に離れてプライベートな時間をつくると、負荷が大きく軽減されるでしょう。
また、1日の中に短時間の休憩を取り入れることで、疲労の蓄積を防ぎやすくなります。「集中しすぎて気づいたら何時間も経っていた」という状況を避けるために、セルフケアをスケジュールへ組み込むことが大切です。
さらに、オフィスレイアウトを見直すだけでも、作業環境のストレスを減らせます。整理されたワークスペースを保つことで、集中しやすい環境を整えられ、日々の消耗を抑えることにつながります。
5. 事業アイデアの迷い
起業初期は事業アイデアに確信が持てず、「この方向性で本当に正しいのだろうか」という迷いが生じがちです。成果がすぐに表れにくい時期ほど、自分の案が市場に受け入れられるのかが分かりにくく、良さそうな別のアイデアへ目移りしてしまうこともあります。こうした迷いが続くと、軸がぶれたり、どの案にも十分なリソースを投入できなくなったりする危険があります。
解決策
事業アイデアの迷いを解消するには、A/Bテストや製品テストなどを活用した小規模な検証を繰り返し、実際の反応から判断することが最も効果的です。たとえば、試作品(プロトタイプ)を少人数に使ってもらう、簡易的なLP(ランディングページ)を作成して興味のある人の数を計測する、小規模な広告を配信して反応を見るなど、低コストでも有効な検証方法があります。
こうしたテストで得られる反応は、アイデアの強みや改善点を把握する材料となり、感覚や思い込みではなく、実際のデータにもとづいた判断が可能になります。その結果、事業の方向性が明確になり、迷いも自然と減っていきます。
6. 時間不足
起業初期は、商品開発や営業など、あらゆる業務をひとりで担うケースが多く、時間が慢性的に不足しがちです。「やるべきことは分かっているのに手が回らない」「すべてが重要に見えてどれから着手すべきか迷う」といった状況に陥ることも珍しくありません。
時間不足が続くと、本来集中すべきコア業務が後回しになり、事業の成長スピードに影響が出ます。また、目の前の対応に追われ続けることで、気持ちの余裕もなくなります。
解決策
時間不足を改善するには、まず業務を整理し、優先順位を明確にすることが効果的です。事業の成果に直結する業務から取り組み、影響の少ない業務は後回しにしましょう。たとえば顧客対応やプロダクト改善には最優先に取り組み、資料の体裁調整や細かい事務作業には時間を割かないようにします。
「すべてを全力でやらなければならない」という状態から抜け出すことで、成果につながる業務に集中できるようになります。なお、優先順位や目的は状況によって変化するため、定期的に見直すことも重要です。
7. 人材の確保
起業初期は、必要なスキルを持つ人材を採用しにくい時期です。採用に割ける時間もコストも限られており、給与や条件の面で大企業ほどの魅力を提示できない場合も多く、「任せたい業務があるのに適切な人材が見つからない」という状況に陥りがちです。
さらに、プロダクト開発や営業などの役割を任せられる協力者がいないと、事業全体の進行スピードが落ち、事業が成長できません。その結果、採用に回せる資金が不足し人材を確保できないという悪循環が生まれる可能性があります。
解決策
人材確保を進めるために、初期段階では正社員にこだわらず、フリーランスや業務委託を活用するのが効果的です。短期間のプロジェクト単位で依頼できるため、求めるスキルを必要な分だけ確保でき、事業のスピードを落とさずに進められます。
その際、どの役割を外部に任せたいのかを明確にし、必要なスキルや成果物を具体的に言語化することが重要です。これが不明確なまま業務を任せると、ミスマッチが起きやすくなります。
また、起業家コミュニティやオンラインの専門家ネットワークを活用することで、自力では出会えないスキルを持つ人とつながりやすくなります。特にスタートアップ向けのイベントやピッチ会では、協力者を探している起業家同士の交流も多く、適切な人材を見つける機会が増えます。
8. 競合との差別化
起業直後は商品やブランドの知名度も信用も十分にないため、同じ市場で戦う競合に埋もれてしまうリスクがあります。価格、サービス内容、機能など表面的な違いだけでは顧客に選ばれにくく、何を強みにすべきか見えづらくなるケースも多いです。
特に市場が成熟している業界では、すでに強力なプレイヤーが存在するため、自社ならではの価値を見つけられないまま施策が散らばり、結果として差別化が弱い状態で事業を進めてしまう危険があります。
解決策
同業他社がどのような価値を提供し、どの層に支持されているかを整理する競合分析が有効です。そのうえで、他社が十分に満たせていない顧客の課題や、自社が強みを発揮できる領域を特定します。それをもとに、自社がどの位置を取るのかを定めるブランドポジショニングや、自社ならではのセールスポイントとなるUSPを設計しましょう。
たとえば、ニッチ市場に特化して専門性を高める、サポート品質で差別化する、体験やブランドストーリーで価値を伝えるなど、競合と異なる軸をつくることで、顧客に「この商品・ブランドを選ぶ理由」を示すことができます。ポジショニングが固まれば、マーケティングや商品改良の方向性にも一貫性が生まれ、競合に埋もれない強い土台の構築につながります。
9. 撤退の判断
多くの起業家にとって、想定通りに成長しなかった事業を撤退するべきか、もう少し続けるべきかという判断は非常に難しい課題です。過去に投じた時間やお金への執着(サンクコスト)や、「ここまで頑張ったのだから諦めたくない」という感情が判断を鈍らせ、事業の見直しや方向転換が遅れてしまうことがあります。
一方で、まだ成長の余地があるにもかかわらず、短期的な成果が出ないことを理由に早すぎる撤退を選んでしまうケースもあります。
解決策
撤退の判断を適切に行うには、感情ではなく数字と基準にもとづいて判断できる体制を整えておくことが重要です。そのために効果的なのが、あらかじめ撤退ラインと継続ラインを設定しておくことです。たとえば、3か月以内に売り上げが30万円に到達しなければ撤退を検討するというような基準を持っておけば、事業の方向転換や撤退を冷静に判断しやすくなります。
また、撤退=失敗ではなく、事業を路線変更する選択肢として捉えることで、学習と再挑戦の機会として活かせます。
10. 人間関係
起業は起業家本人だけでなく、家族や創業パートナーの生活にも大きく影響を及ぼすため、事業の状況によっては関係が悪化してしまうことがあります。特に創業当初は売り上げも体制も安定していないため、精神的な余裕がなく、ちょっとした行き違いがトラブルに発展することもあります。
たとえば、創業メンバーとの役割分担があいまいなまま事業を始めてしまうと、仕事量に偏りが生じたり、意思決定の方向性が合わず対立につながったりすることがあります。また、家族の理解を得られないまま起業した場合、収入の変動や生活リズムの変化がきっかけとなって、家庭内で摩擦が生じることも珍しくありません。
解決策
人間関係のトラブルを防ぐには、行き違いが生まれないよう、コミュニケーションを意図的に行うことが重要です。創業メンバーとは、業務範囲や責任分担、意思決定のプロセスなどを事前に言語化し、合意を取っておきましょう。口頭のまま進めてしまうと、後になって言った・言わないのすれ違いが起きやすくなります。
家族に対しても、事業の状況や働き方の変化、今後の見通しを共有する習慣をつくることで理解を得やすくなります。たとえば月に一度、現在の取り組みや収入の見込みを簡単に説明するだけでも、誤解や不安を減らす助けになります。
まとめ
起業に伴う多くの課題は、事業が成長し売り上げが安定してくると、驚くほど小さなものに感じられるようになります。しかし、新規事業は軌道に乗せるまでが難しく、多くの起業家がさまざまな壁に直面します。
とはいえ、資金繰りや競合との差別化といった課題は決して特別なものではなく、ほとんどの起業家が経験するものです。大切なのは、問題が起きてから慌てるのではなく、感情に流されず実務的に備えることです。
課題やトラブルに直面した際にすばやく適切に対処できるよう、この記事で紹介したポイントを参考に、自分の状況を見直し事前に体制を整えておきましょう。こうした備えが、安定した事業運営を実現する鍵となります。
よくある質問
起業にまつわる課題はどんなものがある?
起業にまつわる主な課題は以下の通りです。
- 将来への不安
- 資金繰り
- 孤独感
- 燃え尽き症候群
- 事業アイデアの迷い
- 時間不足
- 人材の確保
- 競合との差別化
- 撤退の判断
- 人間関係
起業にまつわる課題はどう解決すべき?
起業にまつわる課題に直面した際は、感情的にならず、できることをひとつずつ行動に落とし込んでいくことが大切です。また、適切な準備と仕組みづくりを行うことで、課題解決に伴う心身の負担を軽減できます。必要に応じて、ビジネスメンターなど経験豊富な起業経験者にアドバイスを求めるのもいいでしょう。
起業家は孤独にどう対処する?
起業家が孤独を感じたときは、同じ経験を持つ人とのつながりを意図的につくることが効果的です。たとえば、起業家コミュニティやスタートアップ向けのミートアップに参加すると、自分と似た状況の人と出会いやすく、悩みを共有するだけでも気持ちが軽くなります。孤独に強くなる必要はなく、「頼れる人をつくる」ことで、起業家が抱えがちな孤立を緩和できます。
文:Hisato Zukeran





